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横浜地方裁判所 昭和31年(ワ)147号 判決

原告 亡村野佐十郎承継人 村野艶子 外四名

被告 小泉毅

主文

原告等の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告が訴外株式会社村野電話工務店に対して有する昭和二九年一〇月三〇日附消費貸借契約に基く、金七五〇、〇〇〇円、弁済期昭和三〇年三月三一日の債権について、被告のために別紙目録記載の家屋上に設定された抵当権は存在しないことを確認する。被告は原告等に対し右家屋について昭和二九年一一月一〇日横浜地方法務局受付第三七五六四号を以て前記債権担保のためなされた抵当権取得登記の抹消登記手続をなせ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

原告等の先代訴外亡村野佐十郎は昭和二三年訴外株式会社村野電話工務店(以下訴外会社と称する)を設立し、その代表取締役としてこれを経営し、又別紙目録記載の家屋(以下本件家屋と称する)を所有していたが、本件家屋には昭和二九年一一月一〇日横浜地方法務局受付第三七五六四号を以て、債権者被告、債務者訴外会社、債権額七五〇、〇〇〇円、弁済期昭和三〇年三月三一日なる昭二九年一〇月三〇日附金銭消費貸借契約に基く債権の担保のため、右佐十郎が被告のため右家屋に抵当権を設定した旨の抵当権取得登記がなされている。しかし、訴外会社は被告に対し前記債務を負担したことがなく、前記佐十郎も被告との間に右のような抵当権設定契約をなしたことがない。即ち右佐十郎は昭和二七年四月脳溢血で倒れて以来右会社の業務に関与したことがなく、右登記は実体関係を欠く無効な登記である。而して右訴外佐十郎は昭和三一年七月一三日死亡し、その妻原告村野艶子、長女原告村野富美子、長男原告村野紀一郎、二男原告村野勝義、三男原告村野治が共同相続により本件家屋の所有権を取得した。よつて、原告等は被告に対し前記抵当権の不存在確認を求めると共に、右抵当権取得登記の抹消登記手続を求めると述べ、

被告の抗弁に対し、

その主張事実中、訴外水野間元治が原告艶子の兄であること、右佐十郎が毎日訴外会社に出勤していたことは認める。被告がその主張のように訴外会社に金員を貸渡したことは知らないがその余の事実は否認すると述べ、

仮りに右佐十郎が被告主張のように、訴外水野間に何等かの代理権を授与したことがあつたとしても、右佐十郎は昭和二八年九月脳溢血の再度の発作により倒れて以来、死亡するまで心神喪失の常況にあり、右代理権授与行為は意思能力を欠く無効のものであるから、何等かの正当な代理権の存在を前提とする権限踰越の表見代理の主張は失当である。

仮りに右水野間と被告との間の本件抵当権設定契約につき、右佐十郎が責を負うべきものとしても、右契約は右佐十郎の債務につき他より受けるおそれがある強制執行等を免れる目的で右水野間と被告の代理人訴外小泉礼記とが通謀の上なした虚偽の意思表示であるから無効であると述べ、

立証として、甲第一乃至第三号証を提出し、証人水野間元治(第一、二回)同塩崎淑男、同大村富太、同間野武次郎、同金子喜一郎の各証言及び原告本人村野艶子、同村野富美子の各尋問の結果を援用し、乙第一二号証の成立を認め、同第一号証、同第三乃至第五号証は各官署作成部分の成立のみ認めその余は否認する、但し右各号証の村野の印影が訴外佐十郎の印顆を押捺したものであることは認める、同第六号証の成立は否認する、但し同号証の訴外会社の印影及び村野の印影が同会社の印顆及び右佐十郎の印顆を押捺したものであることは認める、同第一〇、一一号証は印影の成立のみ認めその余は知らない、その余の乙各号証の成立は知らないと述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張事実中、訴外村野佐十郎がその主張の如く訴外会社を設立して経営し、又本件家屋を所有していたこと、本件家屋にその主張のような抵当権取得登記がなされていること、その主張の日に右訴外人が死亡し原告等が共同相続したこと、右訴外人が昭和二七年四月脳溢血で倒れたことは認めるがその余の事実は争うと述べ、

抗弁として、

原告村野艶子の兄訴外水野間元治は昭和二九年五月初旬訴外会社の支配人に選任されその営業に関する一切の行為をなす権限を授与され、又訴外佐十郎からもその個人の一切の行為につき包括的代理権を授与されたところ、右水野間は昭和二九年四月頃、訴外会社に対する資金の融資方を当時訴外会社の営業課長であつた被告の兄訴外小泉礼記を介して被告に申込み、被告はこれを承諾して同年一〇月三〇日にはその貸付金額が七一八、〇〇〇円に達したので、同日被告は右水野間との間に前記債権を一括して一口の消費貸借の目的とした上更に七五〇、〇〇〇円に達するまで貸付をなすことを約し、その弁済期を昭和三〇年三月三一日と定め、その担保として訴外佐十郎の所有にかかる本件家屋に抵当権を設定する旨の契約を締結して被告は同年一一月一六日三〇、〇〇〇円、同月一八日七、〇〇〇円を訴外会社に貸渡した。本件家屋に存する抵当権取得登記は右抵当権設定契約に基きなされたもので有効である。

仮りに、訴外水野間が訴外会社及び訴外佐十郎を代理する権限を有しなかつたとしても、右水野間は訴外会社の使用人であり、同会社の支配人と称して会社の営業に関する一切の行為をなしていたのであるから被告は水野間に訴外会社を代理する権限ありと信じて前記消費貸借を締結したものであつて、かく信ずるにつき正当の事由あるものである。そして、右水野間は前記佐十郎と株式会社日立製作所との取引につき、佐十郎の印を使用しその代理人として行為し、右佐十郎が賃借していた訴外会社の事務所の家賃を供託するにつきその供託書に同人の代理人として同人の印を押捺し、佐十郎の代理人として本件家屋につき火災保険契約を締結した外平素佐十郎の身の廻りの世話をしていたので、被告は訴外水野間を佐十郎の代理人と信じて本件抵当権設定契約を締結したものである。そして佐十郎は水野間に本件家屋の権利証及び同人の実印等を交付していたのであり、しかも右契約は訴外会社の事務室において右佐十郎の傍で結ばれたものであるから、被告が右水野間に本件抵当権設定契約につき佐十郎を代理する権限があると信ずるにつき正当の事由があつたものである。いずれにしても、右佐十郎は水野間の行為につき責を負うべきものであると述べ、

原告等の再抗弁に対し、

その佐十郎が意思無能力であつたとの主張及び本件抵当権設定契約が通謀虚偽表示であるとの主張は時機に後れた主張であるから許されない。仮りにその主張が許されるとすればその主張事実を否認すると述べ、

仮りに右佐十郎に意思能力がなかつたとしても、同人は意思能力を欠く状態になつた後も代表取締役の地位に留つて訴外会社に出勤して居り、原告艶子、同富美子その他の親族が相談の上、前記水野間を訴外会社の支配人とし、又同会社に関する右佐十郎個人の仕事についても佐十郎の代理人として行為するよう依頼し、右水野間は訴外会社に関する佐十郎の一切の事務を同人に代つて行つてきたものである。従つて、現在に至つて原告等が右佐十郎の意思無能力を理由として、右水野間が佐十郎の代理人としてなした行為につき責任を負わないと主張するのは信義則に反するものであつて許されないと述べ、

立証として、乙第一乃至第六号証、同第七号証の一乃至二七、同第八号証の一乃至九、同第九乃至第一二号証を提出し、証人水野間元治(第一、二回)、同金子喜一郎、同小泉礼記(第一、二回)、同江幡俊夫の各証言及び被告本人尋問の結果を援用し、甲第一号証の成立は知らないが、同第二、三号証の成立は認めると述べた。

理由

原告の先代訴外亡村野佐十郎が昭和二三年頃訴外会社を設立し、その代表取締役としてこれを経営し、又別紙目録記載の家屋を所有していたこと、本件家屋には昭和二九年一一月一〇日横浜地方法務局受付第三七五六四号をもつて、債権者被告、債務者訴外会社、債権額七五〇、〇〇〇円、弁済期昭和三〇年三月三一日なる昭和二九年一〇月三〇日附金銭消費貸借契約に基く債権の担保のため、右佐十郎が被告のため右家屋に抵当権を設定した旨の抵当権取得登記がなされていることは当事者間に争のないところである。

そして、原告等は訴外会社は被告に対し前記のような債務を負担したこともなく、右佐十郎も被告との間に本件家屋につき右のような抵当権設定契約をしたこともないと主張するので判断するに、証人小泉礼記の証言(第一回)並びに原告本人村野富美子の尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第七号証の一乃至一四及び一八、前記小泉礼記の証言により真正に成立したと認められる乙第七号証の一五乃至一七及び一九乃至二七、証人水野間元治の証言(第一、二回)の一部、証人小泉礼記の証言(第一、二回)、被告本人尋問の結果を綜合すると、訴外会社の支配人と称していた訴外水野間元治は昭和二九年四月頃以降、当時訴外会社に勤務する被告の兄訴外小泉礼記の仲介で被告より訴外会社の営業資金の融通を受け、被告の同年一〇月三〇日現在における債権額が七一八、〇〇〇円になつていたが、同日被告と右水野間との間に、従来の貸金債権を一括して金額を七五〇、〇〇〇円、弁済期を昭和三〇年三月三一日とする一口の消費貸借の目的とし、これの担保として本件家屋に抵当権を設定すること、不足の三二、〇〇〇円は直ちに被告が訴外会社に貸渡す旨の契約が成立し、右水野間において借用証(乙第六号証)に佐十郎名義で記名押印し、被告は同年一一月一六日三〇、〇〇〇円、同月一八日七、〇〇〇円を訴外会社に交付したことを認めることができる。証人水野間の証言(第一、二回)中右認定に反する部分は信用できず他にこれを覆えすに足る証拠はない。

そして、佐十郎が訴外会社の代表取締役であつたことは当事者間に争がないところであるけれども、同人が前記水野間に対し訴外会社のためにする営業資金の借入につき、又右借入金債務を担保するため同人所有の本件家屋に抵当権を設定するにつき、それぞれ訴外会社及び同人を代理する権限を与えた事実を認めるにたる証拠はない。

被告は右水野間に、前記営業資金の借入については訴外会社を、抵当権設定契約については佐十郎を代理する権限ありと被告において信ずべき正当の事由がある旨主張するけれども、佐十郎が右水野間に訴外会社及び佐十郎を代理する何等かの権限を附与した事実は被告の全立証方法をもつてするも遂にこれを認め難いからこれを前提とするものと認められる被告の右主張はこれを採用することはできない。

しかし、証人水野間の証言(第一回)により真正に成立したと認められる乙第九号証並びに同証人の証言(第一、二回)の一部、証人小泉礼記(第一、二回)、同金子喜一郎、同大村富太、同間野武次郎、同江幡俊夫の各証言及び原告本人村野艶子の尋問の結果の一部、同村野富美子の尋問の結果を綜合すると、訴外会社は前記佐十郎が中心となつて設立したものであり、佐十郎は三十二、三年来電話事業を経営していたところ、税金等の関係から会社組織としたもので実質上は佐十郎の個人経営と何ら変るところがなかつたこと、そして佐十郎は昭和二八年九月脳溢血の再発以来執務不能の状態となり佐十郎の妻である原告艶子、長女の同富美子をはじめ、親族一同協議の上、その頃原告艶子の実兄である訴外水野間に依頼して右佐十郎の具合の悪い間佐十郎の訴外会社経営上の仕事を一切を代つてやつて貰うこととして、右原告艶子、同富美子より水野間に対しその旨を委任し、水野間はこれを承け、昭和二九年四月頃から訴外会社の支配人として佐十郎に代り営業に関する一切の行為を管掌するに至つたこと、右水野間が訴外会社の支配人の肩書をもつて訴外会社の経営に当ることについては同会社の他の取締役においてもこれに対し何らの異議をさしはさんだ形跡がないことが認められる。されば右水野間の行為は訴外会社に対しては同会社の表見支配人の行為と認められるから被告との消費貸借契約については訴外会社はその責に任じなくてはならない。一方成立に争なき甲第二号証と前記認定の事実とによれば、原告艶子は原告富美子と共に一面爾余の原告等の母としてその法定代理人たる地位において、水野間に対し訴外会社経営に関して佐十郎のなすべき一切の行為をなすことを委任したものというべきである。そして、訴外会社が被告に対しその責に任ずべき前記消費貸借上の債務につき、佐十郎所有の本件家屋に抵当権を設定することは佐十郎の訴外会社の経営に関する行為に外ならないと認められるから、右抵当権設定行為は水野間において原告等の委任に基いてこれをなしたものと認めるべく、原告等が水野間に対し佐十郎の営業に関する一切の行為をなすことを委任する権限を有したことを認めるべき証拠はないけれども、佐十郎が昭和三一年七月一三日死亡し、原告等がその相続をしたことは当事者間に争ないところであつて、佐十郎の死亡により原告等はその地位を承継した結果、結局原告等は佐十郎の授権に基き右水野間に前記代理権を授与したと同一の法律上の地位を取得したものというべく(大審院大正一五年(オ)一〇七三号昭和二年三月二二日判決、同昭和五年(オ)三三二一号同七年一月一三日判決等)最早今日において原告等は原告等が佐十郎に代つて水野間に前記の授権をする権限がなかつたことを理由として、右水野間が佐十郎の代理人としてなした行為につき同人が無権代理人たることをもつてその責を免れることはできないものといわなければならない。

従つて、原告等は右水野間が被告との間になした本件抵当権設定契約につきその責に任ずべきものといわなければならない。

次に、原告等は、本件抵当権設定契約は前記佐十郎の債務につき他より受けるおそれがある強制執行等を免れる目的で、前記水野間と被告の代理人である小泉礼記とが通謀してなした虚偽の意思表示であるから無効であると主張し、(被告は右は時機に後れた主張であつて許されないとするが、訴訟の完結を遅延せしむべきものと認められない。)この主張に符合する証人水野間の証言(第一、二回)及び原告本人艶子の尋問の結果は信用できずその他これを認めるにたる証拠はないから右主張は排斥を免れない。

よつて、本件債務の不存在又は抵当権設定契約の不存在若しくは無効を前提とする原告等の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大場茂行 福田健次 潮久郎)

目録

横浜市中区本郷町三丁目二五七番所在

家屋番号同町三丁目四一四番

一、木造スレート葺平家居宅

建坪 二五坪二合五勺

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